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八幡東区川淵町

荒生田神社

 

 今から1,200年ほど前の天平時代に、奈良の都に藤原広嗣という若者がいました。
 広嗣の父やおじ達は天皇に仕える高官でしたが、その頃流行った天然痘のため次々に亡くなりました。
 残された広嗣は、父やおじ達の官位を継げるものと思っていましたが、反対派が権力を握ったため、遠く太宰府の役人に追いやられました。そこで、広嗣は天皇に直訴しましたが取り上げてもらえません。
 不満がつのった広嗣は、1万人の兵士を集め都を目指しました。これに驚いた天皇は1万7千人の軍隊を九州に派遣しました。
 両軍は板櫃川(小倉北区)で衝突し、激戦となりましたが、広嗣軍は負けてしまいました。広嗣は天皇方に捕らえられて、肥前国松浦郡で首をはねられました。
 それから6年程ののち、太宰府に観世音寺を建立するため、都から広嗣が恨んでいた一人の玄昉という僧が来ました。
 お寺が建って落成式の最中に、天候が急変し強風が吹き付けて来ました。そして、その雲の中から大きな手が出てきて、玄昉の首を引きちぎってしまいました。
 その首は空高く飛び、遠く奈良の興福寺の庭に落ちました。ここには、今もこの首を祀った頭塔があります。
 板櫃川付近の人々は、戦に破れた広嗣を可愛想に思い、小さな祠を建てて魂を慰めました。
 今は荒生田神社(八幡東区川渕町)に祀られています。

【アクセス】 バス停、昭和町、七条より徒歩5分